徳島地方裁判所川島支部 昭和56年(わ)20号 判決 1983年5月25日
主文
被告人は無罪。
理由
一 本件公訴事実は、「被告人は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和五五年二月三日午前一〇時一五分ころ、大型貨物自動車を運転し、時速約四〇キロメートルで公安委員会が大型自動車の通行を禁止した徳島県阿波郡市場町大字市場字岸の下四九番地の二先付近道路を阿波町方面から土成町方面に向け進行中、前方道路左端を同方向に進行する酒井勝市(当七二年)運転の自転車に追いついたのであるが、このような場合自動車運転者としては、同所が幅員約四メートルと狭隘なうえ、右酒井が高令であるから、大型車両がその側方を通過すれば、同車両と接触するか安定を失つて転倒する危険が十分予測されたのであるから、直ちに減速し警音器を吹鳴して警告を与え、右酒井を一時停止させるか、同人が安全な場所へ避譲するのを待つてその側方を通過し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、時速約一〇キロメートルに減速して約五〇メートル追従したのち、警音器を吹鳴したのみで、時速約一三キロメートルに加速してその右側方を追い抜こうとした過失により、右酒井を狼狽させて路上に転倒させ自車左後輪で同人の胸部を轢圧し、よつて、左多発性肋骨々折、外傷性血気胸等の傷害を負わせ、右傷害により消化管出血を発病させ、昭和五五年三月五日午前七時五〇分ころ、徳島県麻植郡鴨島町鴨島二五二番地麻植協同病院において同人を死亡するに至らしめたものである。」というのである。
二 ところで、足踏式二輪自転車は構造上不安定で、ただでさえ動揺しやすく、自転車運転者が老令であればその危険はより大きいうえ、特に幅員の狭い道路で大型車がその側方を接近して通過すれば強い緊張感が加わつて平衡を失いやすいものであるから、そのような条件のもとで大型車を運転して自転車を追い抜くについては慎重な配慮が必要であることは明らかであるけれども、公訴事実記載の如く自転車運転者が下車し、または物理的に接触等の可能性がないような安全な場所に避譲しない限り、常に一時追抜きを差し控えなければならないとまでは言えず、自転車運転者の乗車態度、挙動、地形的条件等に照らし、接触、転倒の危険が著しい等の特段の事情が認められない場合には、予め警音器を吹鳴して警告を与えたうえ、自転車との間に相当な間隔を保ち、何時でも急停止し得るように最徐行し、絶えず自転車の動静を注視しながら、その右側を通過することは必ずしも許されないわけではないものと考えるのが相当である。
三 そこで、検討するに、被告人の当公判廷における供述、被告人の検察官(二通)、司法警察員(昭和五五年二月八日付)に対する各供述調書、第二回公判調書中の証人多田実の供述部分、医師近藤憲二作成の診断書、司法巡査作成の実況見分調書、当裁判所の検証調書、司法警察員作成の「現場足こん跡採取報告及び送付書」と題する書面を総合すれば、被告人は、公訴事実記載の日時に、時速約四〇キロメートルで大型貨物自動車(車幅二・四七メートル、車長八・五七メートル、以下「被告人車」という。)を運転して公訴事実記載の場所を東進中、前方道路左側を同方向に足踏式二輪自転車で進行している酒井勝市(当七二年、以下単に「酒井」という。)を発見したこと、同所付近は有効幅員約四メートルの狭い道路であるうえ、同人が老人であり、やや左右にゆれて幾分不安定な感じであつたことから、追抜きを差し控え酒井の後方約五メートルのところを五〇メートル前後の間追従したこと、その間二回警音器を吹鳴して警告を与えたこと、道路北端に接する側溝が有蓋となつた場所にさしかかつた際、酒井がやや速度を落して左に寄り側溝の蓋の上を進行し始めたこと、それを確認してから、被告人は、やや右にハンドルを切り酒井との間に九〇センチメートルほどの間隔をとつてその右側を通過し始め、徐行しながら(後述のとおり、危険を感じて急制動し、空走距離も含めて約一メートルで停止できるほどの速度であつた。)、サイドミラーで酒井の様子を窺いつつ一〇メートル余り併進し、ほぼ追抜きを完了しようとした時に酒井が突然ふらついて側溝北側に沿つて設置されたブロツク塀にハンドルを接触させたあと被告人車の方へ倒れかかつてきたこと、被告人はそれに気づいて直ちに急ブレーキをかけわずか約一メートル進んだだけで停止したものの、不運にも酒井が被告人車下部に障害物が入り込むのを防ぐため取り付けられている防護柵(その最下部から路面までは約四六センチメートルである。)の下へもぐり、左後輪の直前に頭部を南方に向けて倒れ込んできたため事故を回避できず、被告人車左後輪で酒井の左胸部あたりを強圧するに至つたものであること(轢過するまでには至らなかつた。)、被告人が追抜きを始めた地点あたりの道路の有効幅員は約三・三八メートルであるが、側溝の北端に接するブロツク塀までは道路北端から幅一メートル余りの余地があり、酒井の右側を通過し始めた際、被告人車左側部から右ブロツク塀までは一・五メートルほどの間隔があつて、通常自転車がさほどの緊張感を懐かないで安全に走行するには十分であつたこと、右側溝の蓋は、一辺約五〇センチメートル、厚さ約七センチメートルのコンクリートブロツク様のものが並べられており、その上面は路面とほぼ同じ高さであること、右コンクリートブロツクはかなり破損しているものがあり、一部に各ブロツク間や路面との間に隙間ができていたり、突出しているものがある等、全体的に道路面に比べると悪路となつていることは否めないけれども、自転車運転者が隙間等に十分注意さえすればハンドルをとられたりすることはないとの判断も可能な状態であり、ことに被告人が追抜きを始めたあたり(蓋の西端)から一〇メートル余りの間はコンクリートブロツクの破損も少なく比較的良好で、自転車の走行に格別の支障はない状態であることが認められる。
なお、被告人は、司法警察員に対して「おじいさんはやや左右にゆれ不安定な感じで走つていましたので追越しは危険と思い約五メートル後方を追従した。」旨供述しており、酒井のふらつきがさほど大きいものであつたとは述べていないうえ、検察官に対しては、「男の人が年寄りであることがわかつたので道路も狭く追い抜くのは危いと思つて追従した。」旨供述しているだけで、酒井の乗車態度が不安定であつたことについては全く触れていないことからすると、酒井は通常に比べ被告人に強く危険を認識させるほど不安定な走行状態ではなかつたものと思われる。また、酒井が転倒した原因について、前述のとおり、公訴事実では酒井が被告人車の追抜きのため狼狽したものであるとされているけれども、当裁判所の検証調書等を検討すれば、転倒地点のすぐ西側の側溝の蓋の一枚が突出しており、酒井がそれにハンドルをとられたとすると、酒井の自転車のハンドルによるものと思われるブロツク塀の擦過痕、側溝の蓋のタイヤ痕、転倒地点等が相互に関連してくるものと考えられ、実況見分を実施した警察官多田実も公判廷において、「酒井は右蓋に乗りあげてハンドルをとられ、ブロツク塀にあたり、そのはずみで転倒したことが十分考えられ、狼狽したため転倒したものとは考えられない。」と供述していることに、前認定の酒井と併進中の被告人車の速度や、約一〇メートルの間は無事に併進していたものであること等を総合して考慮すると、公訴事実の如く、狼狽が酒井の転倒の原因であると断定することはとうていできず、むしろ、側溝の蓋にハンドルをとられた可能性が強いと言わざるを得ない。
四 右認定のとおり、酒井は、高令であつたけれども、その乗車態度はやや左右にゆれる程度で、特に強く転倒等の危険を感じさせるほどのものではなく、被告人車の追従、追抜きに気づいてからも格別動揺の気配を示したことを窺わせる証拠もないこと、同人は被告人車に気づいて進路を左に寄せる等したものであるから、被告人において酒井自身も十分注意して走行し、転倒しそうであれば下車する等自らの危険を避けるための配慮をしてくれることを期待しても強ち不当ではないことや、前認定のブロツク塀までの幅員、側溝の蓋の状態等の地形的条件に照らすと、被告人が、徐行する等して慎重に運転すれば安全に酒井を追い抜けるものと考え、酒井が側溝の蓋の上を走り出したのを確認してから、その右側を通過しようとしたことをもつて過失であるというのはいささか酷であるとのそしりを免れ難く、公訴事実記載の如く一時追抜きを差し控えなかつた点に過失があるものということはできない。また、被告人は、酒井に警告を与えたうえ、同人との間に一メートル近い間隔をとつて最徐行しながら慎重にその右側を通過していたことは前認定のとおりであるから、追抜き方法についても責められるべき点は認められない。
よつて、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。